本校では、たくさんの花々がグラウンドの周りだけでなく、いろいろなところに咲きます。このタチアオイの花は、体育館横の駐車場のわきに咲きます。昨年度、最初に見たときは、「なんでこんな位置に開花するんだろう」と思いましたが、見慣れてくると、先端までピンとしている姿は凛々しささえ感じます。(本文とは関係ありません) 本校では、たくさんの花々がグラウンドの周りだけでなく、いろいろなところに咲きます。このタチアオイの花は、体育館横の駐車場のわきに咲きます。昨年度、最初に見たときは、「なんでこんな位置に開花するんだろう」と思いましたが、見慣れてくると、先端までピンとしている姿は凛々しささえ感じます。(本文とは関係ありません)

“教員”を職業として一筋。今思えば“教えた”多くの生徒たちから“学ばせてもらった”ことが本当に多かった。そう、私の最初の(いわば)教え子たちは、昭和末期、今五十路前半の方々です。

 その一人Sさんは、今某大学准教授で活躍、先日「未来をつくるSDGsマガジン 〇〇 7月号」に、何と6ページにわたって紹介されていました。テーマは、ウェルビーイング入門(Introduction to  Well-being)。…「こら!“オレ”が先に入学式で使ったことばだぞ!」(実は入学式で使ったのも副校長のアドバイス)と、無価値な対抗意識を一瞬もちながらその雑誌の特集を読ませてもらった。

 ウェルビーイングとは『体も心もよい状態・ご機嫌な状態』だそうだ。簡単に “幸福”とも訳される。『自分のウェルビーイングを「お気に入りのスイーツを食べた瞬間」という人もいれば「戦争がなくなること」と答える人もいます』と准教授は解説。では、中高生のウェル…って考えると、授業で教わった通りにやってみたら難しい演習問題が解けた時の“やった感”、部活で必死にボールを追ってキャチできた一瞬、的に向かって弓を射て、的に当たるまでの矢が空中にある0.数秒、放課後、時を忘れて図書室で大好きな絵を描く時、アクリルボード越しに友達と(やはり)時を忘れてペチャクチャとプチ女子会している時、“ネイティブ”と英語のチャットを楽しむ時などなど…すぐに描けたシーンがたくさんあってよかったです。

 私たちの教育活動は、中高生が夫々の(自分らしい)ウェルビーイングを追い求め、自ら見つけるための支援なのだと思う。そこには、准教授曰く「一人で悦に入る快楽主義的なウェル…も大切ですが、人や自然、地域、社会、歴史とのかかわりの中にあるウェルビーイングも素敵なもの」と支援の高質化も必要…。全く同感、だからこそ私たちはKeep on Learning(学び続けること)の考えが大切なのだと思う。今の生徒たちには、たくさんの様々な幸せ感を味わってほしいし、感じ取ってほしい。自らつかみ取ってほしい、それが次のステージにつながる。そして、今私たちが折に触れて話題にしているSDGsの17の目標は、人類すべての人たちのWell-beingを達成すべく重要な取組であるという自覚をしていきたいしもたせたい。そのように思うのです。

 詰襟の学生服に包まれた小柄な“小顔の中1生”が、何十年の時を経て、大学教員としてゼミの学生とともに多くの地域コミュニティづくりを手掛けている物静かで知的な“笑顔”の姿(雑誌上)を見て、私は“教員”としての自分勝手なWell-beingを感じてしまったのでした。

3回目の「学校説明会」お待ちしていますね。ぜひいらしてください。 3回目の「学校説明会」お待ちしていますね。ぜひいらしてください。
プロジェクトの達成と、「世界の状況メーター」のバランスをどのようにとっていくのか・・・みんなで協議(かなり密ですが・・マスク決して外さない。事後、手洗いうがいはちゃんとやってくださいね) プロジェクトの達成と、「世界の状況メーター」のバランスをどのようにとっていくのか・・・みんなで協議(かなり密ですが・・マスク決して外さない。事後、手洗いうがいはちゃんとやってくださいね)

皆さん、ごきげんよう。約1か月ぶりの更新となります。4月、新年度のあわただしさ、そして5月「ジシュク」のゴールデンウイークも過ぎ、コロナがなければ、この月の最終週、「あぁ~“富士山キャンプ”で雄大な富士を眺めていたのに・・・」と相変わらず“コロナ”への恨み節をひねっている本日この頃です。そんなこと言っているうちに、もう夏休みが待ち遠しくなってきました。月日の経つのが本当に早い。

 さて、先日本校の高校1年生を対象に(私の念願であった)「2030SDGsカードゲーム」を授業として実施しました。このカードゲームとは、SDGsの17の目標を達成するために、現在から2030年までの道のりを体験するゲームです。「なぜSDGsが私たちの世界に必要なのか」、そして「それがあることによってどんな変化や可能性があるのか」を体験的に理解するためのゲームです。ゲームそのものの面白さで知らず知らずのうちに熱中し、楽しみながらSDGsの本質を理解することができます。そして、このゲームは、日本の若者がデザインし、かの国際連合の会合でも実施され、今、多くの企業や自治体のイベントで取り上げられているものなのです。私は昨秋、(学校を“サボって?”・・)研修会に参加して、このカードゲームを扱える“ファシリテーター”になりました。研修会に参加しないとファシリテーターになれないし、ファシリテーターにならないとこのカードを扱えないのです。市中での体験会は、参加料を払って申し込まないと参加できない、それだけ面白いゲームなのです。

 ところで皆さん、もちろん「SDGs」て何かご存じですね?そう、「持続可能な開発目標: Sustainable Development Goals」の略称でエスディージーズといいますね。2015年9月の国連総会で採択されました。持続可能な開発のために、国連が定める国際目標で、17の世界的目標、169の達成基準、232の指標があるのです。ゲーム説明の中では、「その達成基準(ターゲット)をひとつひとつ調べていったら、皆さんはあっという間に寝てしまいます」といって、私は「なぜSDGsが今必要なのか」と「SDGsでどのような可能性が生まれるのか」について、カードゲームで楽しみながらアクティブラーニングをしたのです。

 多くの企業も、大学も、とにかくSDGsを意識した活動を進めていかないことにはその存在さえも問われてしまうような、“ブーム”となってしまってる。(“ブーム”とは流行り廃りがあるので、ここでは望ましくないという意味で“しまっている”と表現しました。)そんな思いを私はしています。もちろん、このままいけば、やがては持続不可能な世界になってしまうことは様々な科学的根拠として証明されています。だからこそ、ブームであってはいけない。例えば、「ご飯の一粒残らず食べなさい」とか「十分考えて買って、買ったものはボロボロになるまで使い切る。必要のないものは買わない。」などは、子どものころから「しつけ」として教わってきたわけですが、その「しつけ」をグローバルでかつローカル、教育の視点ではなく、経済の発展や流通、社会の繁栄や自然環境についてまですべて“つながっていること”として考えていくことがまさしく「持続可能な社会」にしていくため必要なのですね。SDGsは実に奥深い。

 本校では、遅まきながら今年度から各教科の取組の中に意識をして取り入れていくことを学校運営の中に明示しました。、SDGsの17の目標を「自分事として」これからの教育活動の様々な取組に生かしていきたいと思います。そのきっかけとなる、「カードゲーム」であったと思います。高校1年生の皆さん、楽しく学べましたね!

 

エントランス前の”フラワーウヲール”の薔薇(ばら)は、つぼみがいよいよ全部開花、という時期です。「何色あるのだろう」と数えたくなります。 エントランス前の”フラワーウヲール”の薔薇(ばら)は、つぼみがいよいよ全部開花、という時期です。「何色あるのだろう」と数えたくなります。

本当によい季節、多くの花々(特に私の大好きなバラ)がそれぞれの個性をだして、にぎやかで、ワクワクの季節ですね。私の“ブログ”の冒頭に、よくお花の紹介をしているのですが、その点でひとつ残念なこと、路地(地面)に植わっている薔薇(バラ)が本校にはないのです。掲載した写真はエントランス手前の壁面でやさしいピンク色の花をスマホでとったものです。皆さんごきげんよう。季節は“よく”ても“新型コロナ”で台無し?「緊急事態宣言」も慣れてしまってどこまで効果があるのか・・という思いもありますが・・先日の保護者会のあいさつ文を本校の紹介の第2弾とします。

4月24日(土) 5月1日(土)全校を2日間(二分割して)保護者には来校していただき保護者会を実施しました。以下、校長からのあいさつです。(長かった)

本日は、なるべく短い時間で終われるよう、教職員にもその旨伝えております。ぜひご協力のほどよろしくお願いいたします。

さて、高校2年・3年生にとって、大変耳寄りな情報を申し上げます。保護者会資料「大学指定校一覧」に関連して、以下の3大学と昨年度より今年度にかけ、「高大連携協定」を結びました。

①宝塚大学 メディア・情報関係では、かなりの知名度と教授陣の多彩さはこれから注目!と思っています。昨年度の秋の「プロジェクションアート」では大変お世話になりました。今年度もお願いしようと思っています。

②東京純心大学 現代文化学部の子ども文化学科でこの夏の「体験プログラム」のご案内が来ました。1日~3日間(8月2・3・4日)のものですが、内容は保育や子ども文化学、造形表現といったところです。文学やダンス、絵本、歌唱に興味のある生徒にもよいプログラムになっています。

③女子栄養大学 栄養系・健康系の大学ではかなり有名で優秀な大学、本校のFCコースの授業の中で毎年何回も出張に来てくださいます。指定校の人数枠もアップしてくださいました。先日、駒込キャンパスに言って説明を受けましたが、「養護教諭」の免許も取れること、(失礼ながら)私は初めて知りました。

皆さんごきげんよう。校長野口でございます。

1 「新型コロナ感染予防対応」について

(1)   文科省・都教委の「通知・通達」を参考に

本当に収束のつかない“新型コロナ”です。明日から「緊急事態宣言」期間となります。昨年度を思い出すと、「終わり感」(=通常の卒業式ができなかった=)の無い小学校生活や中学校生活を終えた生徒たちが入学して、ちょうど昨年度のこのころは、“保護者会”どころか、授業さえも小さなスマホの画面で“オンライン授業”を午前数時間受ける、といった状態でした。昨年の今頃を考えると、この学校の”平常”を旨とした教育活動の状況は、“綱渡り”でも精一杯と思っています。校長としての私の考えを申し上げると、私立学校とはいえ、文科省や都教委の通知・通達についてはきちんと確認して、従うべきことはきちんと従い、各学校や校長の判断に委ねられるところは、「生徒やご家族にとってどうすることが一番望ましいのか」を考えて学校運営を進めて参りましたし、これからもそのことは変わらないスタンスです。
ただ、感染予防に対する個人的な思いを申し上げさせていただければ、「絶対罹らないンダ!そのために…」という思いと「罹患(りかん)してしまうかもしれない。うつしてしまうかもしれない。うつされるかもしれない」という思いが交錯している状況です。しかし、今申し上げたその思いを誰もが常にもつことが、この時期のいちばんたいせつなことであると思っています。私自身、感染リスクが一番高いと言われている「外での会食」は昨年の2月26日以来、一回も行っていません。混んでいる電車には乗りません。教職員とは、対面でなく同じ方向を向いて話をするよう心がけています。皆さんはいかがですか?

(2)   基本中の基本の「予防対策」を徹底してください。

 それにつけても、生徒たちの学校生活の中で私が一番心配しているのが、「昼食(ランチ)」時です。本校では、「分散ランチ」(3時間目終了で昼食と4時間目終了で昼食と昼食時間を分けて密集を避けるを行っています。
 先日、校長室の前の1年生の教室を見ていましたら、中学生がまっすぐ前を向いて“黙々と”お弁当を食べていました。たぶん…というか間違いなく小学校での「給食」の時間の再現、だと思いました。その足で食堂“桜カフェ”に行きますと先輩たちが「ワイワイガヤガヤ」と楽しそうにランチを楽しんで(?)いました。
 とにかく、「マスク」をしないときの活動、特に会話には細心の注意することです。そして「意識をして手洗い・消毒」をすること。「3密(密集・密閉・密接)」を避ける」ことです。そしてそれをうちの生徒に限らず、大人も子どもも意識的に行うことだと思います。

(3)   「意識的な行動」⇒今「社会」が求めているものを見極める

 今「社会」が求められているものは徹底した感染予防です。「若者等の路上飲み会」など無自覚そのものだと思います。通勤時(…早朝6時前の時間帯ですが)、高田馬場駅で酔いつぶれて動かなくなっている若い子の多いこと、この姿を見ると、居酒屋のお酒の提供自粛といった「緊急事態宣言」もやむを得ないのかと思ってしまいます。さっき、中学1年の”黙食”を話題にしましたが、その後は、何がそんなに楽しいのか…廊下に出て「密接」して、押しくらまんじゅうをしながら「ワイワイガヤガヤ」楽しんでいるところを注意しました。中学生の指導は本当に難しいです。
 緊急事態宣言下での学校の運営方針は何よりも「感染防止対策の徹底」です。「分散登校・時差通学」などは実施しませんが、学校は7:15から開いています。早めの登校を心掛けてください。部活動については大会が開催・継続しているところは通常通り、あとは個別の対応としています。

2 今年度の教育活動とその方向性

(1)   「貪欲な学習意欲」を培いたい

 本年度は、多くの中学生・高校生が入学してくださいました。小中学校で培ってきた「学力」には、はっきり言って個々の差があります。コミュニケーションに課題のある生徒もいれば、ぜひ「日本で一番有名な国立大学」をめざせる生徒もいます。そのような差の中で、授業中に一人ひとりの十分な満足を得られるようには難しいと思います。一人ひとりの学力の推移がどのような状況でも、その生徒なりの「貪欲な学習意欲」がない限り、さらなる学力はつきません。

(2)   個性に応じた「進路選択」をさせたい。「挑戦」する生徒を育てたい

 保護者の皆様、6年間・3年間で一人ひとりの“個性”に応じた「進路選択」をさせたい、その子なりの貪欲な学習意欲に応じた進路選択をさせたい、そのように思います。特に、次の学びのステージがどのようであっても、「君のいく学校が一番よい学校」なのですが、やはり、学校としては「日本で一番有名な国立大学」をめざしてほしい生徒にはぜひ挑戦してほしい、挑戦させたい。極端な表現ではなく「挑戦(Challenge)する」の気持ちを培いたい。学力を培いたいという点の究極の思いはそのような思いです。「貪欲な学習意欲」が自身の進路を決める。もう一度言いますが、私たち教員はそのような生徒の姿勢にはどこまでも寄り添っていきます。それが教える側としての「教師冥利」となると思っています。

3 学校の「個性」を示す本校の生徒たち

(1)「制服」は「学校の個性」である・・「正しい姿 明るい心」の精神として

先日も申し上げましたが、「新しい制服」になって一堂に会したのが、まだ数回しかありません。一番近いところでは4月8日の「対面式」でした。

3年前、私は、この制服を目の当たりにしたときに、しかも独特のセーラー服から変わったのであれば、当然着こなしの指導が必要であろう、と思っていました。そこで、今、私は、校訓「正しい姿 明るい心」の「正しい姿」の一部としてその制服の着こなし方をしっかり自覚させたい、まずはそのように思っています。

 多くの学校で、特に公立の学校で「校則」の在り方が問題視されています。もちろん本校のことではありませんが、多くの学校でその生徒の人権にかかわるような項目での校則を守らせる指導がまかり通ってきたことは確かに否めません。スカート丈を短くしたり、首周りを着崩したりしたい“年ごろ”なのもわかります。しかし、本校の「制服がかわいい」といって入学してきた生徒もいるはずです。近くの公立中学校で長年「私服」で活動している学校もあります。その学校出身の生徒たちは、入学してから「制服があってよかった」と言います。

 皆様、私は「制服」は「学校の個性」であると思っています。正しい姿は、「学校の個性」、うちの生徒はこのような姿が正しい姿であるとだれもが堂々といえるような生徒の着こなしぶりを求めたいと思っています。そのような指導をしていきたいし、ご家庭でもご協力願いたい、切にそのように思っています。

(3)   生徒の様々な“姿”を内外に示せなければ“私学”ではない

その、制服姿を含め、より厳しい言い方をすれば、「生徒の様々な“よい姿”を内外に示すことができなければ“私学”ではない」、私学4年目にしてそのように思っています。私は、その考え方のベースが次の学びのステージにおいて、本校で育った生徒たちが生き生きと社会に貢献できていくのだ、と思うのです。つまり、「母校」といえる学校の誇りをもって社会に出ていく、部活動の“大会”での頑張りも、例えば“作品”をコンクールに出して賞もらうことなど在籍している・卒業したという証が学校のアピールになることは、やはり学校としてもよきアピールとなるわけです。そのようなことも、生徒として学んでいってほしい、一人ひとりの日常の姿が“学校”を表現している、ということなのです。

4「保護者」から「自立支援者」へ 

=“校長”というよりも、子育ての“先輩”、長年、他人の子どもを育ててきた“プロ”として思うこと=

お手元の「資料」の表紙をめくると、本日私が申し上げたかった究極のフレーズが書かれてありす。高校生の保護者向きになりますが…“「保護者」から「自立支援者」へ”まさしく、このことばです。

(1)“若い”“経験値の浅い”教員が多い…一方で…

 多くの新規の先生方を迎え、新年度がスタートしました。新規の先生は年齢的にベテランもいますし、若い経験値の浅い先生をいきなり担任配置したりもしています。(誤解のないように…必ずしも多くの学校を経験してきた方、年齢の高い方が、私の申し上げる“経験値”が豊富な方ではありません。)目の前に起きた事象をまずは自分事と捉えて、自己責任をもってその事象を処理してきた方を、私は「経験値が高い」と捉えています。ですから、“若い”と“経験値”を同レベルで使ってはいけないと思いますが、どの先生も「よい教育活動をしたい」という思いをもって本校に勤務しています。それは間違いないことです。

(中略) 

…デジタル・メディアツールを駆使することは、教育の当たり前になってきている今、若い先生方には“様々な今”を謙虚に学び、まさしく生徒と、未来を創造していってほしい。そのような教員スタンスをもってほしいと思っています。

(中略)

(2)子どもは、様々な場面で「育つ」そして「学び合う」

 高校の入学式に「Keep on Learning(学び続けよう)」を示しました。「自立した学習者」になる第一歩の中学高校時期と捉えて、教育活動を進めていきたいと思っています。学校の「教育活動」だけが学びの場ではありませんが、発達段階の異なる6年間の中でこの「自立した学習者」を育てていくことが私たちの使命です。
 一方で、子どもは、様々な場面で勝手に「育ち」、「学び合い」を勝手にしていきます。早く成長する子もいれば、そうでない子もいます。しかし必ずどこかで成長します。学び合いの中で育っていきます。そのことをしっかり寄り添っていく学校や教員でありたいと思っています。今年度、どうぞよろしくお願いいたします。