石碑の後ろに、ピンクの花を咲かせています。生徒たちと同じ目線で「正しい姿 明るい心」で生徒と登下校を見届けているようです。 石碑の後ろに、ピンクの花を咲かせています。生徒たちと同じ目線で「正しい姿 明るい心」で生徒と登下校を見届けているようです。

 通勤路、其処ここの百日紅(さるすべり)。まだまだしっかり咲き誇っていますね。この花は、その名のごとく3か月以上も目にとめた人たちに涼しさを与えてくれます。記録的な猛暑の真っただ中はまるで当然と言いたげに…。(以前のブログで紹介しましたが)私はこの花が大好きです。幹のスベスベと先端の白やピンクの密集の“ミスマッチ”に目が向いてしまうのです。
 一般の民家はもちろん多くの施設で探さなくても見かけるこの花が「本校の敷地のどこかに咲いているはずだ」と思い、探しながら、私は東京女子学院に来て5年目を迎えます。一生懸命探したのが“コロナ”の始まる前で、「あぁ、こんなめだつところにあったのかぁ~」といえるように、本当に少しずつ大きくなった百日紅が1本ありました。(ホント、それほど目立たなかったのです。)『正しい姿 明るい心』の石碑のうしろ、ピンク色の花をつけた枝が横に広がっているのです。“百日紅”の幹は、まっすぐ上に伸びるのが、私のイメージだったのですが、ここにある木は、生徒たちの“姿”や“心”を同じ目線で見守るように咲いているのが特徴かもしれません。大きくなったといえば、しばしば紹介している本校の花、エントランス横の“芙蓉”は、4年前は上から見下ろして写真を撮っていましたが、いまやそこを通る人を覆いかぶせるように大きくなっています。
 さて前置き、極度に長く…。本題に…。
 長く、暑い夏休みが終わり、2学期が始まりました。(たぶん)順調にスタートを切った、といえると思います。大学入試に特化すれば、いよいよ、「総合型選抜入試」がスタート。 エントリーシートの作成、小論文対策、面接対策等々まさに本番を迎えました。既に担当の先生方も決定して、個々の指導にあたっています。生徒によっては、はじめての大学受験に対して、かなりストレスを感じている人もいるかもしれません。初めてですので、そのストレスもやむを得ない、あって当然です。しかし、「自立した学習者」になるための通らなければならない道、ぜひ今まで培ってきた学習姿勢を貫いてほしいと思います。
久しぶりのブログ更新ですが、始業式の講話、月2回行っている“朝礼”(全校朝礼=講堂朝礼)をupしています。どうか飽きずにお読みください。

第2学期始業式「心変われば?」

 皆さん、ごきげんよう。今年の夏も、本当に暑かったですね。体調を崩さずに過ごせましたか?今、このコロナの感染拡大の中でいつ、だれが罹患しても不思議でない状況の中で、体調管理ができている皆さんには敬意を表したい気持ちになります。引き続き、「健康維持」を最優先にしてください。
 はい、夏休み前半の補習・講習お疲れ様でした。そしてクラブ活動、本当にお疲れ様でした。大変よい成果が出たクラブ、今一歩の結果だったクラブ、様々あったと思います。その結果・成果をこれからの生き方の糧にしてほしいと思います。
 また、7月30日・8月27日と28日の「受験生向け」のオープンスクールでは、広報委員会をはじめ各クラブが活動をして本校をアピールしてくれました。そして受験生からはおおむねよい評価をしてくださいました。皆さんのおかげで大変充実したオープンスクールでした。皆さんに改めてお礼を言います。ありがとうございました。
 高3年生も参加したクラブもありましたが、きっとほとんどの生徒の皆さんが「大学受験」のため、また次のステージへの準備も着々と行っていたようですね。
 さて今回、なんとか2学期当初にふさわしい?話にしようと思います。皆さん、このような“格言”をいろんな場面で見ることはありませんか?

心が変われば  態度が変わる  態度が変われば 行動が変わる
行動が変われば 習慣が変わる  習慣が変われば 人格が変わる
人格が変われば 運命が変わる  運命が変われば 人生が変わる

 スイスの詩人、フレデリックアミエルさんが自身の日記の中で書き綴っただそうです。分かりやすく図式(フロー)すると、こんな感じでしょうか・・(スライド表示) 解説
 いえることは、「よりよい人生に変えるためには心を変えること」なのですね。皆さんは、若く“過去”の経験値が少ない。そう、“今”を生きる人たちですから、習慣が変わって人格が変わって運命が変わるなど、このようなことばを気に留めていろいろな解釈をしていく、といったことはあまり好まないでしょう。長くても18年しか経験値のないここにいる皆さんにとって、“人生を変える”なんて大げさなことは考えられないでしょう。
でもですね、皆さん。たとえば、

○ある人と出会って(別れて) ○本を読んで ○素敵な作品を観て ○先生や親から褒められて
○先生や保護者から注意を受けた○友達から、指摘を受けた 等々そのようなことが、必ずある“思春期”です。

 あなた自身全体で刺激を受けます。そしてその刺激が「自分の生き方の質や取組の成果を向上させるもの」であれば、そこで、「そうか、意識(考え)を変えていかなければ私はダメになってしまう」と内省する心が生まれるのです。
 そこで、先ほどの「心が変われば・・」となっていくのですね。刺激によって“何かを変えよう”という意識をもつこと、大切なことです。
 もう一つ、「心が変わる」きっかけを皆さんにお伝えしますね。それは、まさしく「内なる刺激」です。自分に言い聞かせてほしい。
「わたしの初心はどこか? わたしの初心を思い出せ! 私の初心は何だったか?」と…。

 さあ、皆さん。この学校で生活している年数や条件の違いはあるものの、たぶん皆さん一人ひとりが、どこかで「初心」をもったはずです。そしてその「初心」は「希望」や「やる気」「ポジティブな考え」に満ちていたはずです。
 皆さん、学期の始まりを気持ち新たに、進んで行きましょう。そして、本校の一大イベント、「芙蓉祭」を成功させることができるよう、しっかり準備をしていきましょう。
これで2学期の始業式の話を終わります。

9月14日 「講堂朝礼」~自立した学習者になる~

 皆さん、ごきげんよう。2学期が始まり、今日で2週間になりますね。そして今週末から一番のイベント、「芙蓉祭」になります。ぜひ「うちら」はもちろんのこと、来校する方々が楽しめ、興味をもたれるイベントになるようにしっかり準備をしてください。くれぐれも「うちら」だけが楽しんでいるだけで、来校者が「不快な」思いをするイベントにはならぬよう、皆さんに期待します。
 さ
て、今日は学習についての話をします。なぜ、この時期にこういう話をするかという理由がふたつあります。ひとつは、ついつい「文化祭」などの学校行事や部活動などで「学習」に集中できない、上の空になってしまうことが多い。だからあえて、間近になっている時に話をするのです。もうひとつの理由です。日曜日の新聞に、ある有名な「学習塾」の広告がきっかけ、「全国テスト」のお知らせです。受けたことのある人がいるのではないでしょうか?トップの見出しに『“自立した学習者”になるってどういうこと?』というフレーズがありました。「このフレーズ見たことあるな」と思ったのです。
 皆さん、私が今示しているスライドは、皆さんのほとんどが本校へ入学する前の、学校説明会で見たスライドです。もちろん、私は、この大手学習塾の広告を見てこのスライドを作ったのではありません。でも、学校の「授業」や「学習」って、皆さんをこの「自立した学習者」に育てることが究極の目標なのですね。
 皆さん、私たち教員は、いつも「学んで」います。別の表現をすれば、常に、「どうしたら皆さんがしっかり学習するだろう?自分で考えられるようになるだろう?」と考えています。また、そのようにいつも考えている先生がよい先生ですし、そうでなくてはいけません。
 ここで、ひとつ面白い「授業」を紹介します。中学3年生の社会科的「問いを創る授業」というものです。私の友達の、ある中学校の校長先生が自校の中学3年生に実際にやったものです。今示しているのは、その時のいくつかのスライドです。
 最初に、何だか、何処だか、よくわからないところを写した写真「不思議のタネ」を挙げ、生徒たち自身に「問い」を創ってもらおうとします。そして、授業は『「新聞記事」から各自で頭に浮かんだ「問い」を書きだしてみよう。』につなげていきます。やることはシンプルなのですが、とても力の付く授業だと思います。
 私は、この授業内容を聞いてそしてこれらのスライドを見て、「うちの生徒たち(つまり皆さん)の多くはこのような授業を受けるのは苦手ではないかな?」とすぐに思いました。そして、苦手な教科や単元で(たぶん)自ら「問いを創る」ことができていないのだろう、と思いました。しかし、皆さんにとってこの「問いを創る」という作業がとても重要で、実はこのことは私が最初に言った「自立した学習者」にかかわる大きな一歩と考えるのです。
 改めて、皆さんは日々の授業の中で、「なぜ?」「どうして?」という疑問符が1時間の中でどれだけ湧いてくるでしょうか。学習する者(つまり皆さん)が「私が学んでいる。」「私が分かろうとしている」そのような思いで取り組むことが大切なのです。どんな小さな疑問でも質問として浮かべてみるようにしてほしい。繰り返しますが、それが上級学校、次のステージにつながる学び、そして「自立した学習」になるのです。
 最後に、とても低いレベルの話をして終わりますね。先日、皆さんにクラスごとに話す機会があって、その際に「うるさい」と「にぎやか」の違いは?ということを話題にしました。授業の中でワイワイガヤガヤしていることが「うるさいな~」と思うときは、必ず一人でも「不快に思う空間」になっているのです。「にぎやか」なことは、決して悪いことではありません。「ワイワイガヤガヤ」が「その空間にいる人たち全員が学習していることが心地よい」ものであれば、きっと学習に共通した目標をもてたときの、意見交換や話し合いだからなのですね。そこにはたくさんの「問い」が創られていくのです。
 どうですか、皆さん、今日の話が分かりましたか?皆さんに「問いを創るって、どういうこと?」「自立した学習者とは?」と考えてもらうことで、今日の「講堂朝礼」は意義のあったこととさせてください。

 最後の最後に…高校3年生の皆さんに特別に話をします。高2以下の生徒も聞いてくださいね。
いよいよ、「総合型選抜入試」がスタートしました。 エントリーシートの作成、小論文対策、面接対策等々本番を迎えました。 既に担当の先生方も決定して、個々の指導にあたっています。
 生徒によっては、はじめての大学受験に対して、かなりストレスを感じている人もいるかもしれません。初めてですので、そのストレスもやむを得ない、あって当然です。しかし自分がこれまでやってきた対策に自信をもって、頑張ってください。以上で9月の講話とします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スイスの詩人、フレデリックアミエルさんが自身の日記の中で書き綴っただそうです。分かりやすく図式(フロー)すると、こんな感じでしょうか・・。

(スライド表示) 解説

 いえることは、「よりよい人生に変えるためには心を変えること」なのですね。皆さんは、若く“過去”の経験値が少ない。

そう、“今”を生きる人たちですから、習慣が変わって人格が変わって運命が変わるなど、このようなことばを気に留めていろいろな解釈をしていく、といったことはあまり好まないでしょう。

 長くても18年しか経験値のないここにいる皆さんにとって、“人生を変える”なんて大げさなことは考えられないでしょう。

でもですね、皆さん。た とえば、

○ある人と出会って(別れて) 

○本を読んで 

○素敵な作品を観て 

○先生や親から褒められて

○先生や保護者から注意を受けた 

○友達から、指摘を受けた 等々

 

 そのようなことが、必ずある“思春期”です。

 あなた自身全体で刺激を受けます。そしてその刺激が「自分の生き方の質や取組の成果を向上させるもの」であれば、そこで、「そうか、意識(考え)を変えていかなければ私はダメになってしまう」と内省する心が生まれるのです。

 そこで、先ほどの「心が変われば・・」となっていくのですね。刺激によって“何かを変えよう”という意識をもつこと、大切なことです。

 

 もう一つ、「心が変わる」きっかけを皆さんに

お伝えしますね。それは、まさしく「内なる刺激」です。自分に言い聞かせてほしい。

 
  

 

 

 

 

 

 

と…。

 さあ、皆さん。この学校で生活している年数や条件の違いはあるものの、たぶん皆さん一人ひとりが、どこかで「初心」をもったはずです。

 

そしてその「初心」は「希望」や「やる気」「ポジティブな考え」に満ちていたはずです。

 

  皆さん、学期の始まりを気持ち新たに、進んで行きましょう。そして、本校の一大イベント、「芙蓉祭」を成功させることができるよう、しっかり準備をしていきましょう。

 

これで2学期の始業式の話を終わります。

本校の花、芙蓉の花がようやく咲き始めました。(7月20日 終業式撮影) 本校の花、芙蓉の花がようやく咲き始めました。(7月20日 終業式撮影)

 皆様、ごきげんよう。1学期が7月20日終業式で終わりました。もちろん、通常の授業は終わったとはいえ、「成績面談」、補習、講習が終わってようやく夏休みとなるわけですが…。相変わらずの「コロナ禍」の状況…いや相変わらずではなく、第7波、子どもの感染がずい分多いとの報道。本校の生徒も…。ぜひ、ご家族一緒に「基本的な予防対策」を徹底していただきますようお願い申し上げます。 
 さて、終業式での私の式辞をUPさせていただきます。
生徒全員が、夏休み「コロナ」はもちろん、それ以外の疾病や事故に巻き込まれないよう願うばかりです。そして元気な姿で2学期顔を合わせられますように…。

令和4年度第1学期 終業式 校長  野口 潔人

 皆さん、ごきげんよう。大変短い梅雨が明けて猛暑、そして期末考査と皆さんは大変な夏休み前の7月でした。 
 さて、終業式の話の本題に入ります。
 令和3年度3学期の始業式、つまり今年の始まりの最初の講話で「ウェルビーイング」(Well-Being)ということばを紹介しました。中学・高校1年生は入学前なので(残念ながら)その話は聞けていません。
 今日はその「ウェルビーイング」(Well-Being)の第2弾です。1948年、WHO(ダブリュ・エイチ・オー 世界保健機関)は憲章の中で、健康について「身体面・精神面・社会面のすべてにおいて良好な状態(well-being)にあること」と定義しています。
 それ以降、well-beingとは何か、どうしたら、幸せになるかということを、「幸福学」という学問として多くの研究者が研究をしています。日本では慶應義塾大学大学院の前野 隆司先生が、「ウェルビーイング」について、次のように大胆に定義されています。
 前野先生は様々なアンケート調査を行い、コンピュータによる因子分析を実施。その結果、幸福感と深い相関関係がある4つの因子を突き止めました。
 ひとつ目が、「やってみよう」因子(自己実現と成長の因子)。夢や目標ややりがいを持って、本当になりたい自分をめざして成長していくとき、人間は幸せを感じるというのです。ただ、その目標は“やらされ感”でなくワクワクするものでなければ幸せにはなれません。
 ふたつ目は、「ありがとう」因子(つながりと感謝の因子)です。多様な人とつながりをもち、人を喜ばせたり、人に親切にしたり、感謝したりすることが幸せをもたらすということです。このことは、私は実によくわかります。人を喜ばせることが、自分の喜びにつながるというわけで、感謝が広くて深い人ほど幸せを感じやすいというのです。
 みっつ目は、「なんとかなる」因子(前向きと楽観の因子)です。いつも前向きで、「自分のいいところも悪いところも受け入れる」という自己受容ができており、「どんなことがあっても何とかなるだろう」と感じる楽観的な人は、幸せになりやすいのです。これも投げやりな意味ではなく、今までも、そしてこれからも出会う様々な“困難”に対して、ネガティブに深く考えすぎず生きていくことで幸せがになるということです。
 そして最後のよっつ目は、「ありのままに」因子(独立と自分らしさの因子)。人目を気にせず、自分らしく生きていける人はそうでない人と比べて幸福感を覚えやすい傾向があるということです。他人と自分を比べすぎず、自分軸をしっかりもって生きる人は幸せです。逆に、自分軸がぐらついていると、人と比べて『自分はダメだ』と思い込み、幸福度が低くなりがちです」と前野先生は言います。
 皆さん、happyとwell-beingを比べた時、「カネ・モノ・地位」といったものを得ることは確かに、短いhappyつながっていきますが、well-beingとなるとこの4つの因子がないと真の幸せ感にはならないのだということです。
 暑いですけれど、そしてコロナにかかる心配がありますけれど、この夏休みをどうか元気で乗り切ってください。そして、皆さんなりのwell-beingを考えてみてください。そして4つの幸福感の因子をもてるような生活を送ってください。以上で1学期の終業式の式辞とします。

 

始業式後、「壮行会」「送別会」がありました。要点のみお示しします。 

全国大会壮行会

 はい、皆さん。改めてテニス部・ダンス部の全国大会出場おめでとうございます。ぜひ「平常心」で「ワンチャンス」を活かして、頑張ってほしい。そのように思います。 

留学生送別会

 8か月にわたる留学生活、お疲れ様でした。日本で学んだことを活かし、ぜひ「Be a global citizen」となってください。 

留学壮行会 

 それぞれ、自分の目標達成のために頑張ってきてほしいでし。併せて、日本のよいところをたくさん伝える留学にしてほしいと思います

 <br />(本文とは全く関係ありません)本校図書室、蘭が咲いています。「環境のよい場所においていたら、勝手に?咲きだしました」ということです。この”勝手に~”は、教育の世界にも通じるかもしれませんね。  
(本文とは全く関係ありません)本校図書室、蘭が咲いています。「環境のよい場所においていたら、勝手に?咲きだしました」ということです。この”勝手に~”は、教育の世界にも通じるかもしれませんね。

 1学期期末考査も終わり、1学期の行事としては終業式を残すのみとなりました。何とか無事に終わることが出来そうです。そしていよいよ夏休み。ただ、留学前講座~留学する生徒たちの事前レクチャー~・夏期講習会~・補習授業等々夏休みに入っても7月初旬までは学校での学習指導は続きますが・・
 まぁ、しかし、「コロナ」も一緒に夏休みになるわけではありません。むしろ「第7波」に入ったといわれています。変わらない、感染予防を心がけたいです。(皆さん、”鼻うがい”はとてもよいですよ)
 さて、本日、ちょっとプライベートな話題でブログを更新します。PTAの広報誌用に書いたつもりが、あまりにもふさわしくないのでは?…と思って結局広報誌には載せず、ブログの更新用にしたのです。皆様、お時間がありますればどうぞお読みください。

 「あなたがいたからここまで来(ら)れた」
 最近読んだ本を紹介します。『走ることについて語るときに僕が語ること』(村上春樹著 文春文庫)です。私は村上さんの本を読むのは初めてです。だから、村上さんがフルマラソン(以下“フル”)やトライアスロン競技に出場していたこと初めて知りました。読んで、村上さんのレース前・中・後の、そしてトレーニングをしている時の様々な気持ちやその描写に共感することばかりでした。「この本は市民ランナーのバイブルだ!」と仲間にメールを送りました。あとがきの最後の文、「(レースで出会うすべてのランナーたち)あなた方がいなかったら、僕もたぶんこんなに走り続けられなかったはずだ。」…このことばには、胸を熱くしました。村上さんの語りたいことがこのひとことに集約された、そう思いました。
 共感したのは、私も年に1回フルをやっているからです。走り始めたのはミネリアム(2000年)の数年前から。5㎞→10㎞→フルとやってきました。今は、私から数年遅れでフルを始めた親友と、11月第4日曜のレースを一緒に走っています。(一緒なのは前泊宿とスタートまで、そしてゴール後ですが)毎年、この時期にエントリーが始まります。「申し込んだよ」「じゃあ、今年も走るか…トレーニングしなけりゃ…」どちらからともなく短いメールのやり取り。「自分からは絶対“やめる”とは言わないぞ」お互い暗黙の誓い、同じレースで10回目になります。二人ともレースの日までには65歳になります。「あなたがいたから、続けて走れる」そのような気持ちに、少しだけなりました。
 彼とは一緒の公立中高。私は文系大学、彼は理系大学。どちらも「学校という職場」で生涯働くのです。部活が好きで子どもが好きで教えるのが楽しくて…。「君と僕は親友だ」などと確認し合ったことはただの一度もなく、毎日一緒の場にいないと心配でならないといった心境になったこともありませんでした。ただ、「君に何かあったらいつでも飛んでいくぞ!」ことばに出さなくてもそのような思いはお互いにありました。(いつも彼に飛んできてもらっていた)
 「あなたがいたからここまで来(ら)れた、続けられた。」マラソンレースのことではなく、いろいろな場面や様々なかかわりのある人たちとの中で、このような言葉のやり取りが頻繁であること。…卒業するとき、また卒業してもなお本校の生徒たちが、このように“友人”や“大人(教員だけではない)”を認識できるようになったら、そして学校という場にこそ、そのような土壌があれば本当に素敵だな、と思います。そして皆さんがそんな仲間を一人でももてることが出来たら…。新しい施設やカリキュラム内容でなく、生徒と教員、本校のかかわるすべての“ヒト”たちが、成長や向上心をキーワードに学校生活を送ることが出来たら…生徒一人ひとりにとっての「あなた」の存在があること。そのような学校、素敵ですね。そして、夏休み。学校という範疇ではなく様々な出会いがあるかもしれません。「あなたがいたからここまで来(ら)れた」このようにいえる人との出会いがあるとよいですね。
PS:しばらく“フルを走っていない”ある市民ランナーにこの本を紹介しました。ほどなく、「読みました。また走りたくなりました」と言っていました。このことば、私もうれしい~です。