インターハイの中止とこれから

本校バレーボール部はじめ、インターハイ中止の知らせ、しかし、切り替えて新入生加入でこれからも頑張ってほしい。 本校バレーボール部はじめ、インターハイ中止の知らせ、しかし、切り替えて新入生加入でこれからも頑張ってほしい。

「校長先生、やっぱり子どもがいるとちがうね、学校は・・」理事長がこのような声かけ を私になされて、6月1日、時差分散登校で学校再開が始まりました。そして、9時・高 校3年生から、休校中の「オンライン授業」での課題の提出や明日以降の様々な連絡、簡 単な清掃などをして学校再開(開始)初日が終わりました。本日(6月2日)は、2カ月 遅ればせながらの「入学式」です。 「入学式」については、別の時に・・本日は“声かけ“と インターハイについて・・休校中に感じていたことを・・。 昨日、休校明けなので、久しぶりに正門で生徒たちを迎えに出ていました。小雨交じり、 電車・バスの交通機関を使用しての通学者、自転車通学者等(中には、雨が降っているの に傘を持たずに頭が濡れていない・・・坂下までおうちの方が送ってくれたかな?)生徒 たちが出迎えた私に挨拶し、校舎内に入っていきました。「○○さん、おはようございます。 久しぶり、元気だった?」声かけをしたすべての生徒が「はい元気です」と応え、「よかっ たね」とまた声かけし・・その中に・・「元気だった?」のことば以外、どのように声かけ したらよいのだろうと思う生徒がいました。この休校期間中に「インターハイ」 が中止となった生徒たちへ、の声かけです。たぶん、その生徒たちは「元気だった?」の 声かけに、心の中ではこう言っていたのかもしれません。 「校長先生、元気なはずないです よ・・インターハイが中止になっちゃったんですから・・私たちの今までの努力は何だっ たんでしょう・・」 本校は“強化指定クラブ”が数部あります。青春をその競技にかけ、高校生活時間のほ とんどをその競技の練習に費やし、関東予選やインターハイ予選でそれらを突破して本戦 に・・と思っていたこの4月、5月・・。次から次への中止の知らせ・・。本当にかわい そうで、残念で・・。かえすがえすかわいそうで残念で・・。本当に、「コロナのバカヤロ ー」です。テレビでは、「甲子園(高校野球選手権)がなくなった」ことで坊主頭の日焼け した顔がボロボロ泣きじゃくっている映像を流し、視聴者も「しょうがないけど・・」「何 とか代替えのものでも・・」などと言っています。しかし、(私の一方的な私見ですが)「“甲 子園”だけが青春ではない。インターハイだって、それぞれの競技をめざしていた生徒は 青春をかけていたのダ!」と訴えたいのです。ちなみに、私も、弱小チーム(でもなかっ たが・・)ながらも“全中”(中学校の全国大会)に出たくてプレーをしてきた(バスケットボ ール)し、教師になったのも最初の目的は、 “監督になって全中に出たい”という思いだった のですから・・・。選手の気持ちや監督コーチの気持ちが本当に痛いほどわかるつもりで す、私なりに・・。 選手たちよ、しかも高校3年生の選手たちよ!高校での丸2年間、お疲れ様でした。残 念だけど、インターハイは中止だ。でも・・プレーは捨てないでほしい。できることなら、 これからの受験勉強をしながらも、競技を続けてほしい、切にそう願います。大会は大切 だ。本校の生徒は本当にけなげに頑張る生徒たちだから、多くの観客を味方につけられる くらい一途に(ひたすら)がんばる生徒たちだから・・。しかし、一番大きな大会は中止 だ。それを受け止めるしかない。完全燃焼ができなかった“コロナの年”のプレーヤーで あれば、次のステージで完全燃焼できるように続けてほしい、切にそう願うのです。
 私の新卒(昭和57年度)時代、最初にバスケットボールを教えた女子生徒は、もう50歳を 過ぎています。2人の娘さんはみんな、ママの青春だったバスケをやっていたようだ。先 日、偶然“LINE”で繋がったら、最初の返答が次のような内容でした。「先生の言葉、ま だ覚えています。先生はこういったンダ。“たかがバスケされどバスケ”・・・今までも今 もバスケ続けているよ。」これを読んで、私は照れたり責任を感じたり・・。若い人たちが、 勝ち負けにこだわることも大切ですが、その後の気持ちが少しずつ「生涯スポーツ」の大 切さにつながっていくと思うのです。 心の中での・・長い“声かけ”になってしまいました。

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