教職員コラム 「教員にもとめられる資質」(1/2)
かつて出会った教員の、考えられないような姿をご紹介します。
先ず、国語の教員。教科書と大学ノートを持って教室にやって来ます。何年も同じノート持参で授業をしているのでしょう、変色しています。「形容詞には(ノートを見て)ク活用とシク活用があって、ク活用はエーと、(ノートを見て)『く・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ』と活用する。シク活用はこの活用の頭に『し』をくっつければいい。覚えとけ。」こんな調子で授業を進めます。理解を助けるための板書はほとんどありません。自分が顧問を務めるクラブの生徒にだけ、補習と称して定期試験の問題を直前に教えます。それが人気取りになると信じて疑いません。
~生徒の質問:方丈記に「所も変はらず人も多かれど」とありますが、「多かれ」は已然形ではないのですか?」 先生の返答:活用させれば分かるだろう。~
次に、数学の教員。教科書とチョークだけ持ってベルと同時に教室に入って来ます。教科書を開き、すぐに例題の数式を板書すると、淡々とその数式を黒板に向かって解いていきます。口にすることも書くことも例題に書いてあることそのままです。生徒の顔を見ることも、生徒のノートを覗くこともせず、練習問題も発展問題もそのまま黒板に独りで解いて、ベルと同時に教室を出て行きます。気にくわないことがあると、ささいなことでも長時間の説教になります。減点します。生徒は、誰が何を怒られているのか分かりません。ベルが鳴るのを黙って待つだけです。
~生徒の質問:2と1の差が1だと言うことは判りますが、0と自然数の1との間は本当に1で正しいのですか? 先生の返答:当たり前のことを聞くな。~
止めは、英語の教員。授業時間に5分は遅れて教室に来ます。その日にやる英文を音読した後は、決まって脱線。C先生は△△...、Q先生は◇◇...、X先生は▽▽...。先生のうわさ話と職員室の裏話を面白おかしく話します。自分の失敗も話しますが、結局は自己正当化と自己弁護と自己宣伝です。自分の授業は眠る生徒がいない、というのが自慢らしいのですが、授業時間の過半はこれで終わります。ひとくさり生徒をわかせた後、さっきの英文に戻ると、残り時間でさっさと訳を付けて授業は終了。試験には教科書レーダーの問題がそのまま出され、点数が付けられます。
~生徒の質問:"I can speak English."と"I am able to speak English."は、どう使い分けるのですか? 先生の返答:同じだ。~
おかしな話ですが、こんな教員が教壇に立っていました。反面教師にもならない情けなさです。三人に共通するのは、教員として生徒を見る姿勢に欠けることと、教員としての使命感の無さでした。生徒が何を質問しているかが解っていません。教員としての勉強不足も否定できません。教員としての目で生徒を観ることができていません。自分がいかに生徒をないがしろにしているのか気付きもしません。あわれと言うばかりです。既成の設問に正解を示すだけなら、問題集の「解答と解説」で済むことです。
校 長 金 井 康